鬼滅の刃の主人公の父・炭十郎ってどんな人物?呼吸の使い手だったのか?!

ここでは、主人公・竈門炭治郎の父、竈門炭十郎についてあれこれ妄想しています。
炭十郎がなぜ死んだのか、寿命はいつだったのか?
また日の呼吸の使い手だったといわれているが、その真逆の可能性についても考察して紹介します。
炭十郎が会得した呼吸は何だったのか想像の域を出ませんが、その理由も合わせて述べていきます!
考えの一助になれば嬉しいです。

竈門炭十郎って誰?

主人公、竈門炭治郎、竈門禰豆子の父親です。
原作が始まってからは亡くなっており、回想の中でしか登場してこない人物です。
竈門炭治郎の父親なので、炭焼き小屋の主人でした。

見た目

額には痣、耳には日輪の柄の耳飾りをしており、風貌は炭治郎とよく似ています。
しかし病弱体質で炭治郎と比べても華奢な体型で頬も痩けています。

性格

炭治郎は自分の父親のことを、
物静かで、怒ることのない穏やかな、「植物のような人」と表現しています。
穏やかな炭治郎が、自身の父を『穏やかな性格』と表現するほどだったので相当優しい人物と言えるでしょう。

炭治郎も唯一、炭十郎には甘える場面がみあります。

家族思い

人喰いグマが出たと警戒態勢を取っている夜、炭十郎は炭治郎を連れて熊の元に向かいます。

熊を対峙した際、

俺の家族に危害を加える者は何人たりとも容赦はしない。警告を聞かない場合、命を奪う事としている。」

このセリフから、とても家族を深く愛していることわかります

家族のために、そこまで出来る芯の通った主人だったんですね。

こんな伴侶なかなかいないでしょって思ってしまいまいました。

現実は、こんなことできませんね。(まず、斧で対峙する人居ませんわ。猟銃とかならいるかみもしれませんね)

竈門炭十郎の家族

炭十郎は癸枝と結婚して42女子どもがいます(病弱なのに?!って思った私がいます)

長男、炭治郎

長女、禰豆子

次男、竹雄

次女、花子

三男、茂

四男、六太

大正コソコソ話(笑)

大正や昭和中期は、子どもが5人以上の家庭が殆どでした。なので平成、令和的には多いですが、明治大正昭和中期までは特別多いことはないそうです。

3、竈門家に伝わる神楽とは?

竈門家に代々伝わる厄払いの神楽、ヒノカミ神楽です。

新年を迎える際、神楽を受け継いだ継承者が、炎柄の衣装を着て剣に見立てた榊を持ち、円のように薪を設置し日没から日の出まで舞い続け、1年の無病息災を祈って舞っていました。

また、

継承者は耳飾りと神楽の舞を必ず後世に残す約束を次の子に頼むように話しています。

筆者の妄想かはいりますー

ヒノカミ神楽、すごい不思議なんですが、見ただけで型を全部覚えた炭治郎達の祖先(炭吉さん)って凄くないですか?!

本編でも、炭治郎が『驚くほど正確に伝わっています』って語っています。

本当に心から優しい一族が日の呼吸(始まりの剣士)継国縁壱の生きた意味を見出すために戦国時代から、伝え続けたってことではないかと筆者の妄想止まりませーん。

竈門炭十郎は日の呼吸の使い手だった?!

よく、竈門炭十郎は日の呼吸の使い手だった?!と考察されていますが、

筆者は真逆です

炭十郎は日の呼吸自体の取得はしていなかったとい考えています。

なぜそう考えたか?次の二点が挙げられます。

一つ目

炭十郎の継承を頼んだ時の言い方

 

「神楽と耳飾りだけは必ず後世に伝えてくれ。約束なんだ

 

この言葉に、少し違和感を感じます。

普通に受け継いだだけなら『約束なんだ』は出てこないと思います。

ヒノカミ神楽は呼吸を伴わず型だけを正確に伝え、記憶の遺伝によって伝授の意味や呼吸を知っていたとしたら、炭十郎が言った

「神楽と耳飾りだけは必ず後世に伝えてくれ」

といった意味に納得がいきます

二つ目

ヒノカミ神楽を舞っている最中に炎が出なかった

もし炭十郎が日の呼吸を完全に習得していたら、なぜ神楽を待っているとき火の表現がされていなかったのでしょう。

(確かに実際出ているわけではない疑似的な表現なので描かれていないだけだとも考えられますが)

呼吸を体得していなかったとしたら頷けるようになります。

炭十郎が会得したのは日の呼吸ではない?!

炭十郎はある呼吸法を身につけた記載があります。

炭治郎が、父・炭十郎に「舞うのが苦しいなら自分が舞うよ」心配するシーンが作中にあります。

しかし炭十郎は

「どんなに舞っても疲れない呼吸がある。」

「不必要な動きを削ぎ落し、正しい呼吸と正しい動きで疲れなくなる」

そう炭治郎に話しています。

呼吸術は基本的に、使ったら肺に大きな負担をかける記載があります。

(最終選別時の炭治郎参照)

もし炭十郎が呼吸を極め常中が出来ていて、呼吸術によって普段の生活を送っていたら、炭十郎のヒノカミ神楽の舞も「火」が舞うのではないでしょうか?

そのような表現は作中でされていなかったことから、

そう考えると、疲れない呼吸は、

縁壱さんが一晩中走り続けても疲れない呼吸の仕方(肺を大きくする呼吸)を会得していたと考えられます。

 

炭十郎は、ヒノカミ神楽を舞う時は完璧に舞い、疲れない呼吸を使いながら舞い、透き通る世界を獲得したということになります。

 

透き通る世界に入るためには

作中では炭治郎に炭十郎が次のように教えています。

「無駄を削ぎ落とし、最小動作で最大限の力を発することができるようになる。

そうするとだんだん頭の中が透明になってくる。」

つまり、透き通る世界は

正しい呼吸、正しい動きや感覚を覚え、

自分の体全て、血管細部まで認識し、

無駄(感情や動きを含む)を削ぎ落としていくことで、

最小動作で最大限の力を出せるようになったら、

不要な思考も更に削がれ体得に至る

ということになりますね。

流れる水の如く自然に殺す事を無我の極地に至る、という事ですね。

炭十郎の病気について

炭十郎の病気がなんだったのか、作中では明確化されていません。

なので勝手に妄想しちゃいます。

筆者は肝機能障害だったのではないかと妄想してます。

まず作中の炭十郎の様子を書き出します。

  • 痩せている
  • 床から起き上がれない
  • 呼吸がしんどいような表現(ゼーゼーなど)はない
  • お話しすることが可能
  • 雪の中を歩けた、舞える
  • 目の下にクマのような表現がある。

神楽を教えることをしていたことから、

  • 調子が良い時は型を繰り返し教えることができた。

これくらいが見て取れました(もっとあったらすいません)

明治後半から大正時代の死因について調べました。

  1. 肺炎、気管支炎
  2. 脳血管疾患
  3. 胃腸炎
  4. 悪性新生物
  5. 心疾患
肺炎や気管支疾患ならば

もし肺炎や気管支炎だと咳や吐血の表現がありますが、

その表現がありません。(描かれてなかっただけかもしれませんが)

→もし、肺炎や気管支喘息なら激しい運動ができなくなります。

つまり、ヒノカミ神楽を踊ることができなくなる、ということになります。

※呼吸の取得は肺が強くなければいけません。肺に物凄い負担をかけることになるからです。

脳血管疾患ならば

脳血管疾患、これはいわゆる血管が破裂して、体が麻痺する部分が出てくる。いわゆる脳卒中に近いものです

これになると、程度にもよりますが呂律が回らなくなったり、常に体が思うように動かなくなったり麻痺したりします。

→これだと、毎年、正確にヒノカミ神楽を踊れなくなることになります。

また、炭十郎の呂律が回っていない表現はされていません。

そうなると、上位の、肺炎・気管支炎、脳血管疾患は除外され

胃腸炎、その他になります。

胃腸炎

え、胃腸炎?って感じると思います。

胃腸炎とは、胃腸に何らかしら炎症が起きており、下痢や腹痛の症状が出ている状態です。

胃腸が炎症を起き下痢が続いてしまったら、体力がなくなり、栄養分が全て流れ水分不足になります。

仕事や家事に追われ、それらをこなす体力ができなくなり、最終的には脱水になり重症化します。

作中に描かれている炭十郎の病気の表現

では次に作中で描かれていた事を挙げて考えてみます

(※筆者の妄想です)

「とこに伏せていることが多い」

「痩せている」

「目の下にクマがある」

これらの表現が繰り返し炭治郎の回想に出てくる炭十郎に表現されている。

「痩せ細る」

→食欲低下、体の内部機能が上手く機能していなくなるということ

消化器官なら下痢などを起こし栄養が全く体に蓄積されないということ

若しくは肝機能に異常があれば痩せってしまうことが多い、ということ

「目の下にクマ」

→血行障害がある場合には、青いクマが出ることがあり。

それ以外だと、痩せたことによる皮膚のたるみになります。

「寝ていることが多い。」

全身の倦怠感により活動が困難になる。発熱。

ちなみに、活動する体力、筋力自体日に日に落ちていきます。

これらのことより筆者は炭十郎が

風邪だと思ったけど、肝機能障害を患い(最悪、肝癌、肝硬変になり)亡くなったと考えに至りました。

※注意!作者の妄想による考察です

炭十郎は何歳まで生きた?!

いろんな考察が飛び交っていますが、作中、公式ともに明確に表現、公言されていません。

しかし、炭治郎の年齢を考えたら

第1話、炭治郎13歳

炭十郎が25歳で亡くなったと仮定したら炭治郎を12歳の時に授かったことになるので現実的にあり得ません。

そうなったら炭十郎が18〜20歳くらいの時に授かったら

大体30代に亡くなったと考えられます。

呼吸を習得していたら25歳までに亡くなると言われていますが筆者は、炭十郎は呼吸を習得していないから越えて生きたと思っていまーす。

炭十郎は痣者だった?

これに関してですが

痣者でなかったと筆者は妄想しています。

これは作中の表現です。炭治郎は始め額の傷は生まれてから下の子を守るために火傷を負った時の傷として始め描かれています

しかし、呼吸を覚え、傷は変化していきます

赫刀を覚えた時、その傷は濃い痣に更なる変化をしていきます。

他に痣を顕現させた、恋柱・甘露寺蜜璃や水柱・冨岡義勇、風柱・不死川実弥、岩柱・悲鳴嶼行冥なども痣が濃く表現されています。

始まりの呼吸の剣士、継国縁壱も痣が濃く表現されています。

これらのことを踏まえると、生来の痣や呼吸による痣の顕現は濃い痣が表現され

怪我などは薄い痣として表現されているということになりました。

竈門炭十郎の正体

炭治郎と禰豆子の父親。

穏やかで家族思いな人

命の危険に家族が晒された時、実力行使を厭わない

ヒノカミ神楽の継承者で疲れない呼吸を会得し、透き通る世界に入ることができた人物の1人

病気を患っていても自分の出来る限りのことをして家族を支え続けた本当に強い人物

これで、健康体で剣技も磨いていたら、完全に始まりの剣士、継国縁壱だなと思いました。

筆者の妄想爆裂させまーす。

上記の記述プラス筆者が思っていることです。

筆者が、個人的に思う竈門炭十郎。

縁壱さん以外に

呼吸を習わずに習得できる人いるんだ。

これって実はかなり逸脱した能力なのではと思っています。笑

なのに、大っぴらに出すこともせず、誇ることも驕ることもせずにただただ素朴に生きることを選んで生きた炭十郎さんって

只者ではない

と感じています。

更に、縁壱さんが炭吉に過去、話した言葉に

「道を極めた者達が行き着く先は、いつも同じ。」

と語っていることより、

何かを極めることで、流れる水の如く自然に事をなすことができる、無我の極地に至る

竈門炭十郎は自力でこの域に辿り着いたことになります。

ただの炭焼き小屋の主人が。

普通にあり得ないことです。

あり得ないことを成してもそれを大っぴらにしないで静かに生きた炭十郎の器のデカさしか感じませんでした。

*重複して同じこと(妄想)を書いていてすいません。もう倍プッシュで言いたいことなので言わせていただきました。

まとめ

いかかがでしたか。
作中に描かれていた事を、かなり筆者の妄想入り考察をしてしました。

答えはワニ先生のみ知っている事ですね。

竈門炭治郎の父、炭十郎は心から家族を愛していたんだなと思う場面がよくあります。

もし、筆者の予測通りの症状で末期であった場合

倦怠感だけでなく、激痛で起き上がること、いや会話すら儘ならない場合もあるのです。

しかし炭十郎は起き上がって炭治郎の靴を編んだり、話したり、亡くなる10日前に、人喰いクマの退治をしたりと行動します。

これは勿論、ヒノカミ神楽で習得した呼吸が関係しているかもしれませんが、一番はやはり家族を思う心が炭十郎を突き動かしていたら良いなと勝手に妄想して期待しています。

 

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